いじめ問題について少し

新聞テレビで連日報道されるように,小中学校におけるいじめは現在最大の関心を集める社会問題です.文部科学大臣がいじめられっ子,いじめっ子に対するメッセージを繰り返し発する様子からもそれが見て取れます.大臣だけでなくテレビや新聞でも著名人が様々なメッセージを出しています.このような取り組みは配慮もしつつどんどんやっていただければと思います.

一方で,気になることもあります.

いじめの当事者である子供たちへのメッセージは確かに多くあります.いじめられっ子を勇気づけるものもあれば,いじめっ子を諭すものもあります.しかし,学校や教育委員会などについてはただ怠慢を避難するばかりのものしか目に付きません.

こういう学校を避難するような報道を見ていて気になるのは,いじめという事態を把握することの難しさ,解決のための手段を講じる困難さ,そしてそれらに対する動機付けがまるで棚上げになっていることです.

一般に事態の重要性を認識することは簡単なことではありません.目の前で起こった火事や殺人事件ですら,それを何だか認識できないことはままあるのです(*1).さらに,いじめは往々にして隠れた場面で起こるのですから,事態は非常に把握しづらいでしょう.

また,いじめを認識したとしてもそれを解決する効果的な手法をどれほどの学校関係者が知っているというのでしょうか?ただ,子供たちを注意すればよいというのでは,あまりにも素朴すぎますし,稚拙です.

加えて,いじめを把握することの利益も,解決することの利益も,学校関係者には,残念ながらあまり多くないことを認識しておかなくてはなりません.むしろ,大局的に見れば現状は損失が大きいといえるかと思います.

いじめの全体件数から見えれば自殺など深刻な事態となるのはごく少数です.絶対的多数では,被害者側が一方的に苦難と我慢を強いられ,卒業やクラス替えなど何らかの形で事態が収束するのをまつばかりです.このような被害者には残酷な現状があったとしても,現場はそれなりに機能しています.被害者から見れば何事もないように学校はきわめて日常的に機能するのです.いじめを把握し,それを解決することは,「それなりに機能している」現状を大きく変えなければなりません.それには大きなコストがかかります.しかし,それに対する見返りはそれほど多くないでしょう.下品なはなしかもしれませんが給料が増えるわけではありません.業務評価があがるわけでもないでしょう.むしろ,いじめが表に出ることによ,学校や担当教員の指導能力の欠如が疑われることのほうが多く,それにともなう損失のほうが大きくなると考えられます.もちろん深刻な事態が起これば,損失は計り知れないものになりますが,そのような事態に発展するケースはあまり多くありません.

被害にあった子供たちを前に,コストや見返りなどのはなしをするのは言語道断だという意見もあるでしょう.子供たちが受けた損失こそを重視すべきだという意見もあるでしょう.ただ,子供だけを見ていて,見えてこない問題点もあるのではないかと思うのです.

いじめを把握し,解決することの困難さをきちんと理解した上で,学校におけるいじめに絡む利益構造を変えることも,子供たちへのメッセージ同様に必要なことではないでしょうか?教師は聖人ではないのですから,何でも魔法をつかって解決できるわけではありません.

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(*1)この辺のはなしは社会心理学で研究されています.入門書として
冷淡な傍観者―思いやりの社会心理学