モーツアルト効果の出来るまで

モーツアルトを聴くと頭が良くなる」

ってこれまでにお聞きになったことはないでしょうか?これはRauscher が発表した論文(*1)がもとになっているモーツアルト効果と呼ばれる伝説です.この研究自体は,大学生にモーツアルトを聴かせたところ,聴かせている間だけ一時的に知能テストにおける空間課題の成績が上昇したことを示したものです.わたしはこの結果をもって「頭が良くなる」という解釈が導けるとは思いません.しかも,Rauscherらの結果は極めて再現性が低く,研究者の間の結論としてはモーツアルト効果なんかないということになっています(*2).

しかしながら,Natureというメジャーな雑誌にうっかり載ってしまったこともあり,いろいろ尾ひれが付き,結果として,ベイビー・モーツァルト [DVD] Babyscapes: Baby's Smart - Mozart - Numbers [DVD] [Import]こんなさまざまな知育教材を生み出すにいたっています.

本日ご紹介する研究はモーツアルト効果という伝説がなぜ,そしてどのように出来ていったかを調べたものです.

論文は
Bangerter, A., & Heath, C. (2004). The Mozart effect: Tracking the evolution of a scientific legend, Brithish journal of Social Psychology, 43, 605-623
です.

社会心理学の領域では,噂や流言などアイデアの流布についていくつかの理論があります.それらの理論には共通の仮定があります.流布されるアイデアには,個人や社会集団の必要性を満たす働きがあるというものです.

モーツアルト効果,すなわち,「モーツアルトを聴くと頭が良くなる」という伝説は,上の知育教材の例でも分かるように,特に子供の教育に対する不安を見事に突いているように見えます.この不安から,教育効果があるように見えたモーツアルト効果が社会から必要とされたのかもしれません.

モーツアルト効果の流布でおもしろいことは,特に幼児や乳児への効果が強調されることです.しかし,Rauscherの実験の被験者は大学生でした.さらに,これまでどの研究においても,乳児,幼児を対象にモーツアルト効果が観察されたことはありません.おそらく,モーツアルト効果が流布していく過程で,「子供に効く」といった知育教育などに対する必要性を見事に突く要素が付け加わったために,ここまで大きな伝説になったのでしょう.

Bangerterらの調査結果は,この要素が付け加え割る過程をおもしろいデータから示しました.彼女らは,メディア研究という,新聞や雑誌の報道内容を情報をデータとして用いる手法により今回の研究を行いました(*3).

彼女らは.アメリカの新聞50紙を対象に,RauscherのNatureに載った論文が引用された記事の数を検索しました.記事の検索には,Dow Jones Interactive という新聞記事のデータベースが使われました.あの日経ダウとかのダウジョーンズです.検索では,まず,検索語「Journal + Nature」にかかったものが選び出されます.その後,筆頭著者の名字と二つの研究キーワード(例,Rauscher + music + spatial )を検索語にして,かかってきた記事の本数を数えました.なんかふつーのweb検索です.こんなデータでペーパー出るのかと最初わたしは思いました.でも,ちゃんとペーパーになってますから,やったひとのアイデアと表現力が見事なんだと思います.説得力のあるデータの見せ方が研究では重要だと思いました.

さて,検索の結果,Rausherの記事は478回も新聞記事に登場したことが分かりました.これはすごい数です.実際同じ時期に発表されたNatureの論文と比べても,12倍近く多く引用されています.

さらに,Bangerterらこれらの記事のなかで,モーツアルト効果の対象が誰になっているかを検索で絞り込みました.そして,記事を年ごとにわけ,どのように効果の対象者の記述が変化するか調べました.対象が「大学生」と明記している記事は,発表直後には80%もあったのですが,徐々に減り,9年後には20%ほどにまでなりました.一方,対象が「赤ちゃん」だと誤報した記事は,発表後2年間は全くないのですが,3年後から増え始め5年後には40%以上に達します.そして,「子供」が対象と書いた記事は,4年後には80%以上になりました(*4).

実際,記事はなかなかびっくりなもので,例えば,Milwaukee Journal Sentinelの記事ですと,「これまで多数のモーツアルト効果に関する研究があり,中学生,小学生,果てには赤ちゃんにまでどのようにしてモーツアルトが知的能力を高めるかさまざまな検討がなされている,8/July/2001」なんて感じです.赤ちゃんの研究なんかないっつーの.

Bangerterによれば,赤ちゃんに関する記述が出てきたのは,モーツアルト効果に関する通俗的な本が出たときでした.この通俗本でかなり適当なことが書かれており,それを新聞記者が読んだと考えられます.新聞での引用回数も,通俗本が出たときに増えています.これは科学から離れたときに,伝説になることを示唆しているかもしれません.

さらに,Bangerterらは,モーツアルト効果が広まったのは,個人や社会集団の必要性を満たす働きがあったからだという仮説を検討しました.モーツアルト効果は,教育に対する不安から出る必要性を満たすため流布したと考えられます.乳児や幼児に関する誤報が増えること,また,その誤報の前後に引用件数がふえることはこの考えと一致します.

Bangerterらは,この仮説が正しければ,教育に問題を抱える州において,モーツアルト効果の流布はより大きくなると考えました.これを確かめるため,各州の小学生の読みと算数のテスト成績,ひとりあたりの教育予算,そして教師の給料を取り上げ,各州の新聞でのモーツアルト効果の引用件数との関連を調べました.これらの3つは,それぞれ低いほど教育に問題があることになります.分析を行ったところ,これらが低い州ほど,引用件数が多くなることが分かりました.これは教育問題のあるところで,モーツアルト効果が流布していることを示唆します.従って,教育問題を改善するという個人や社会集団の必要性があり,「子供の頭を良くする」という必要性を満たす機能をもつモーツアルト効果という伝説が広まったという仮説と一致します.

最近でこそモーツアルト効果に関する記事は少なくなりました.しかし,一度流布した伝説は簡単になくなりません.実際,知育教育のCDやDVDは本当に山ほど出ています.

モーツアルトは特に子供に害を与えるもんではないですし,音楽自体を聞くことは多分いいことですから,禁止するほどのもんでないでしょう.でも,なんかモーツアルトの効果は科学的にも実証されていますなんてことを平気でいいやがるとちょっとむかつきます.

でも,こんなふうにデータで議論しても,

もてない理系が騒いでるだけ

に見えてしまうのはなぜでしょう.こまったなあ.おれ理系じゃないんだけどなあ.


(*1)Rauscher, F.H. , Shaw, G.L., & Ky, K.N. (1993). Music and spatial task performance. Nature, 365 , 611. PDF file はRausher のweb siteからダウンロードできます.「Frances H. Rauscher」でぐぐると一番最初に出てくると思います.

(*2)参考として,Jones, S.M., & Zigler, E. (2002). The Mozart effect: Not learning from history. Journal of Applied Developmental Psychology, 23, 355-372
および
Chabris, C. F. (1999). Prelude or requiem for the 'Mozart effect'? Nature, 400, 826-827.

(*3)新聞,雑誌などのメディアは真実を伝えるとは限らないが,今回のような噂,伝説の流布というトピックにでは有用な手法のひとつであるとおもう.もちろん他の手法によって今回の知見が補強されることが望ましい.

(*4)重複カウントです.例えば,ひとつの記事が,大学生,赤ちゃん,子供すべてでモーツアルト効果が観察されると書くこともあります.

最も引用回数が増えた時期は,この2つとNatureへの批判記事の掲載が同時に起こったときでした.

今日のお仕事

  • Kの論文を読む
  • PSE論文仕上げ.Mに戻す.
  • バイアス実験中締め.もう少し取り足そう.
  • 縞実験.もう少し足そう.