こころの浮気と身体の浮気

2ちゃんねるの鬼女板のスレタイにでも出てきそうなタイトルですが,こころの浮気と身体の浮気でどちらが我慢できないかを調べた研究は数多く行われています.この質問結果をまとめただけでは,昔のスコラとか今のプレイボーイとかのアンケートと変わりません.研究であるからには何らかの理論的な見通しがあるわけです.

現在,心理学のなかで大きな流行となっている分野に進化心理学があります.これは進化という視点から,人間の行動,心理を研究する立場です.すべての生物学は進化という視点なしではもう成り立ちませんから,このような立場が出てくるのは当然かもしれません.わたしは進化心理学というのはテーマや領域ではなく,すべての心理学に必要とされる視点だと考えます.

今回はUniversity of Texas のDavid Bussが中心となって行ってきたこころの浮気と身体の浮気に関する研究をご紹介したいと思います.この研究は進化心理学が注目されるきっかけを作った重要な研究のひとつだと思います.

論文は
Buss, D. M., Larsen, R. J., Westen, D., &; Semmelroth, J. (1992). Sex differences in jealousy: Evolution, physiology, and psychology. Psychological Science, 3, 251-255. (*1)
です.

Bussらは,ふたつの事態を想像してもらいました

あなたの恋人が,余所の男/女に

1. こころから惚れ込んでいる(こころの浮気)
2. 強烈なセックスを楽しんでいる(身体の浮気)

そして,この想像をしたときどちらが苦しいかたずねました.

この質問に対する回答結果には顕著な男女差がありました.男性はおよそ6割が身体の浮気に強い嫉妬を感じ(苦しいと思い),女性は2割程度しか強い嫉妬を感じませんでした.むしろその逆でおよそ8割がこころの浮気に強い嫉妬を感じたのです.

さらにこの2つを想像しているときの筋電位,脈拍数などの生理学的指標を採ったところ,男性では身体の浮気に,女性ではこころの浮気に大きく影響されることがわかりました.筋電位とか採っているとほとんど人間性クイズですね.

あー,あるある.やっぱオトコは浮気するもんねー,で,終わると雑誌のアンケートな訳ですが,進化心理学ではこのパタンを配偶者防衛と呼ばれる有性生殖を行う動物でおよそ普遍的に見られる行動から先験的に予測をしたのです.

ヒトも生物である以上,われわれのこころと身体は進化を経て形づくられたはずです.進化は自然選択,すなわち適者生存の原理に成り立っていますから,われわれのこころと身体には,生存に,そして自己の遺伝子の複製に適した条件が備わっているはずです.

自己の遺伝子の複製という観点から見ると,こころの身体の浮気は男女に異なる影響を与えます.有性生殖の場合,生まれてくる子供が自分の子供であるかオスはメスに比べきわめて不確かな情報しか持っていません(父性の不確実性).人間の場合,配偶者間で人種の差などがなければ見た目だけで自身の子かどうか見分けるのは男性にとって困難でしょう(*2).実際,現楽天の駒田コーチ(元巨人,横浜)のようなことは滅多にないわけです(*3).

この父性の不確実性のため,オスとしては配偶者が自分以外のオスと生殖行為に及ばないようにつとめなければなりません.このための行動を配偶者防衛と呼びます.たとえばトンボのタンデムなどは,交尾しながら跳び続けているわけで,立派な配偶者防衛です.人間ですとアフリカの女子割礼,ヨーロッパの貞操帯,中国の纏足,日本の十二単なんかもその一種だといわれています.

Bussらは,男性が身体の浮気に強い嫉妬を感ずるのは父性の不確実性から説明できる主張しました.生まれてくる子供が自分の子供か確実にわからない以上,余所の男の赤ん坊が生まれないように次善の策を練るしかないわけです.

一方,母性が確実な女性はなぜこころの浮気に嫉妬するのでしょうか?これは子育てと関連があります.ヒトは極めて未成熟な状態で生まれてくるので,母親の保護だけで は成人できません.多くの人々からの保護が必要です.それがなくて は,子供を通じ,将来に自己の遺伝子を残していくことができません. 母親は自己の遺伝子を残すため自分以外の保護者を見つける必要が あります.

もし,子供の父親の感情が余所の女性に移ってしまったら,父親からの保護を受けるのは難しくなります.また,その場合子供も自分自身も危険な状態になります.特に子供は次の配偶者からはかなり虐げられるかもしれません.義父により継子の殺人が多いというのはよく知られた事実です.これはは類人猿でも確認されています.身体の浮気があっても,こころさえ奪われていなければ保護は得られるはずです.しかし,こころが離れれば保護を受けるのはかなり難しいでしょう.そのために,女性はこころの浮気に強く嫉妬をするとBussは説明しました.

ここと似た議論は遺伝子があやつる異性の好み:あるいは体臭と免疫の話というエントリーで述べたことがあります.この議論もBussの抜群のアイデアと誰にでもわかりやすい実証データがあって出てきたものだと思います.

もちろん人間は進化のような生物学的な要因だけに縛られるわけではありません.それでも,この視点が人間の心理,行動に非常に興味深い洞察を与えてくれることだけは間違いないと思います.





(*1)論文は以下のURLで公開されています.
http://homepage.psy.utexas.edu/homepage/Group/BussLAB/pdffiles/SexDifferencesinJealousy.PDF
最近の流れは以下の論文が参考になります.
http://human-nature.com/ep/articles/ep02121128.html
(*2)現世人類があらわれた3万年ほど前の世界では,異なる人種間の結婚はほとんど存在しません.
(*3)「駒田 黒人」でググって見ましょう.