余剰博士問題について少し

理系白書ブログで話題になっていたので,わたしも余剰博士予備軍として少し考えを書いてみようと思います.

★大学院での博士養成上の問題
優秀な博士はちゃんとした待遇で就職している。博士の質の問題だ
米国は厳しい競争を潜り抜けた博士だから有能で優遇される。日本は博士論文の審査が甘い

これはTB先の意見ではなく,コメント欄でそういう意見を言った人がいるということです.この意見にはわたしは賛成でありません.分野にもよりますが,優秀な人も最近はあまり就職できてないですから.

また,日本の博士取得の質をあげれば,いわゆる余剰博士問題が解決するでしょうか?わたしはそうは思いません.

まず,日本の博士号取得者がそれほど劣っているわけではありません.例えば,日本の平均的な博士号取得者がアメリカでポスドクになった場合,言葉の問題はあるでしょうが,それ以外の面で大幅に劣ることはないでしょう.実際アメリカできちんと仕事をしている人も多いですし,最近は,博士号取得直後のペーパーの数・雑誌のレベルも,日本とアメリカでそれほど差がなくなっていると思います.国の差より,個人差のほうが余程大きいでしょう.

また,博士号取得の学術的レベルをあげたところで専門家以外に判断できません.ですから社会一般の人からの認知が変わって一般企業などの就職先が増えるとは思いません.

現在生じている博士号の需要と供給のミスマッチは,トップダウン的に増やした博士の供給に需要がついていっていないために生じています.日本の場合,博士号取得者の就職先はきわめて限られます.これまで博士号取得者が相対的に少なかったこともあり,社会がどのように彼らを利用するか決めかねている部分もあるでしょう.一方で,先達が少ないこともあり,博士号取得者も社会のなかでどのように生きていくか,多くのモデルを持っていないこともあるでしょう.そこを変化させなければミスマッチは解消しません.

もちろんアメリカやヨーロッパでもアカデミックポストは限られています.そこは日本と同じです.しかし,アメリカではアカデミックポスト以外にも博士号取得者が自分の経歴を(間接的にしろ)生かせる場が多く存在します.アメリカの場合,博士号取得者が研究の世界だけでなく,ビジネスの世界に入っていったり,起業したりするケースが多く見られます.例えば,神経科学で学位を取り,金融の世界にはいるというケースも少なくありません.

アメリカやヨーロッパ並に博士号取得者の待遇がすぐに良くなるとはおもいません.博士号取得者の需要が一朝一夕に増えるとも思いません.しかし,科学技術基本計画の元,何兆円もつぎ込まれた予算を無駄にしないためにも,社会のなかで彼らを生かすことが必要なのではないでしょうか.

「優秀なやつは何とかなっている」という議論は正論かもしれませんが,そのためにつぎ込まれた予算や人的資源を考えるとあまりにも見返りが少ないとわたしは考えます.

しかし、年間1万2000人の博士が生まれていて(論文博士含む)、その3割が就職していない。
大学院では、博士課程の学生は、教授のテーマを手伝ったり、研究室の雑用を引き受けたりしている。いわゆる下働きだ。学部 生を指導するTAやRAをのぞくと、労働奉仕に対する対価はない。
じゃあ、彼らが浮かばれるのはいつか。
世間一般には「晴れて博士になり、就職して稼ぐ」ってことになるが、就職難だったり、月給がそれほど高くない現実がある。

ここはやはり対策が必要な問題だと思います.わたしは大学院生に対する経済的支援を充実させることは研究者のすそ野を広げ,研究レベルをあげるために不可欠だと考えます.

TB先のコメント欄に,学振などの例をだし,

優秀な博士や研究室は「既に」日本でもそれなりの待遇を受けている

という意見がありました.もう日本でも充分な経済的支援はなされているという意見ですね.わたしはこれにははなはだ疑問です.

学振は24万人もいる大学院生(修士含む,博士だけなら8万人程度)のうち,たった1000人ほどが受けられる特権的な身分です.それをもって待遇が充実しているとはいえないでしょう.ほとんどの大学院生は親からの援助を受けるか,育英会から奨学金という名の借金を抱えているのが現状です.

多くの国と比べて,日本の大学院生の経済事情はかなりわるいと思います.例えば,アメリカでは大学院に入学できる学力があれば,最低でもTAの仕事は割り振られ,学費と生活費が与えられます.また,0.4%に入るくらい優秀なら(日本の学振に相当するくらい優秀なら),高額なフェローシップを受けることができます.

この差を考えると,日本にはまだまだ改善の余地があります.赤貧に耐え,石にかじりついてもやり遂げるという覚悟がないと研究が続けられないなら,優秀な人材は研究者という職業から離れていくと思います.日本には資源がありません.だからこそ科学技術立国を目指そうという,政策の元,膨大な予算をつぎ込んできたのです.その政策を成果として結実するためには,人材育成という観点から,大学院生を含む若手を経済的にもっとサポートしていくべきではないかと思います.

なーんて,わたしみたいなポスドクが書くと,苦労せず金欲しいって感じでさもしいですかね?