スキナーの娘は心身共にとても健康

Opening Skinner's Box: Great Psychological Experiments Of The Twentieth Century

Opening Skinner's Box: Great Psychological Experiments Of The Twentieth Century

という本が話題になっています.日本語訳も最近出たようです.

心は実験できるか―20世紀心理学実験物語

心は実験できるか―20世紀心理学実験物語

この本について興味深い話を見つけたのでメモ.


わたし自身は未読なので,内容についてのコメントは避けます.オーストラリアは書籍が信じられないくらい高いので,本をぽんぽん買えないのが哀しい.

さて,本の章立てを見る限り,心理学のおもしろい実験を集めて一般の人にわかりやすいように解説しているようです.ただし,わかりやすさを求めたためか,おもしろくしようとしすぎたためか,かなり問題のある箇所があります.

この本について「あの」B. F. Skinnerの娘,Deborah Skinner Buzanさんがお怒りのコメントを新聞に載せました.

I was not a lab rat books.guardian.co.ukより

Slaterの本では,スキナーは,自分の娘を実験用の箱(スキナーボックス)のなかで育てたと書かれてあるそうです.この箱にはおもちゃや食事用のトレー,そして,赤ちゃんを報酬や罰でしつけるための装置が備わっていたらしい.そして,そのなかで生後2年を過ごしたDeborahは精神に異常を来し,Skinnerは箱のなかで育てるのをやめたそうです.成人したDeborahは父親を裁判で訴え,最後はモンタナのボウリング場で頭を銃で撃って自殺したことになっています.

わたしも似たような話を何度か聞いたことがあります.しかし,Deborah本人曰く,

全部ウソ

のようです.だいたい彼女は今生きていますし,モンタナにも行ったことがないそうです.彼女は,Skinner家では普通のベビーベットの代わりに,未熟児の保育器のようなものをつかっていたために,それが誤解されたのだろうと言っています.

彼女自身これまで,何度も似たような話を何度も聞いて来たそうです.わたしも聞いたことがありますから,おそらく世界中で心理学を学んだ人が似たようなことを聞いているでしょう.自分と自分の父親に対する悪質なウソが世界中で話されているってのは信じられないくらいイヤなもののにちがいありません.

おそらく,ワトソンの言った「どんな子でも行動主義の原理に基づいて思い通りの人物にしてみせる」というハッタリとスキナーが使っていた保育器がうまい具合に結びついてしまったために,このウソに真実味が増してしまったのでしょう.スキナーの求道者的な外見がそれを助長したのかもしれません.彼自身あまりいいわけをしない人のようでしたので,誤解が訂正されないまま大きくなっていったのだと思います.

学問の潮流も関係あるかもしれません.いわゆる認知革命以後は激しい攻撃を彼は受けてきました.あとから見てみるとかなりおかしな批判も多いです.そもそも革命におけるメルクマール的なチョムスキーの行動主義批判も,スキナー批判としては少々的はずれです.そんな集中砲火のなかで,今回取り上げた個人攻撃的なウソが出てきて,少しずつふくらんでいったのかもしれません.

でもまあウソはいかんですな.