おもしろさ>役に立つ

「その研究はなんの役に立つの?」

研究者がよくたずねられる質問です.ただし,この質問には別の意味があるとわたしは思っています.この質問の意味は

「あんたの研究全然おもしろくないんだけど,それをやってるからにはせめてなんかの役には立つんでしょう?なんの役に立つのか教えてよ?」

か,

「あんたのいってること全然わかんないんだけど,手っ取り早くわたしの知ってる範囲でなんの役に立つか教えてよ.」

という意味だと思っています.わかりやすく,興味を持てるように説明ができていないためにこういう質問が出てくるというのがわたしの意見です.

役に立つことは非常にわかりやすい価値です.ただし,役に立つものだけに価値を求めるのは少々乱暴かなと思っています.まず,役に立つという属性は移ろいやすいものです.例えば,ドクター中松の「しょうゆちゅるちゅる」なんかは,石油ストーブを使っている家だ多かった頃はとても役に立つものだったでしょう.しかし,石油ストーブの需要が減った現在,それほど役立つものではありません.また,画期的な精神病の治療としてノーベル賞まで与えられたロボトミーがどうなったかみなさんもご存じでしょう.

また,役に立つことだけを求めると研究の幅が狭くなります.役に立つ研究以外を認めなければ,多くの研究は既存の需要に合うように目的をシフトせざるを得ません.このような状況だと独創的な研究は生まれにくくなるでしょう.

最後になりますが,役に立つかどうかは先験的には決まりません.例えば,数論なんてのは暗号技術が重要視される前は本当に趣味的な数学の分野だったと思います.現在では,それなくして世界の安全を確保するのは不可能です.

わたし自身は役に立つことより,おもしろさに重点をおいて研究をしています.驚くような現象を発見する.常識では考えられないような予測を立て実験でそれを実証する.誰もが悩んでいた謎に明確な答えを与える理論を導く.こういう研究なら,きっと誰でもおもしろいと思ってくれるはずです.そして,まずなんの役に立つのとは聞かれないでしょう.

個人的には役にだけ立つ研究ってのは,それはそれでどうかなと思っています.例えば,心理検査や尺度の日本語化は,役には立ちますが研究としては独創性もなければ,新奇性もありません.つーか,それは研究というよりは作業ですよね.

素人の人が聞いても,異分野の人が聞いてもおもしろいと思う研究.これはいい研究だと思います.その上でそれが世間の役に立つならいうことはありません.おもしろさと社会への貢献は矛盾するものではありません.例えば,エイズワクチンの開発はこの両面を備えていると思います.

わたし自身,エイズワクチンのようにおもしろさと社会貢献を備えた研究ができているわけではありません.特に直接的な社会貢献はこれから先も難しいでしょう.ですから,せめて誰が聞いてもおもしろいと思える研究を目指していきたいと思っています.誰にとってもおもしろい研究は,やってる本人が一番おもしろいものですから.