カエルの子はカエルではない?:差別と偏見の心理学(1)

昨年の12/25に黒ヒゲ危機一発発売中止要請のニュースについて書きました.そのなかで

差別と偏見に ついて検討する場合,特に4,すなわち,経験の過大評価のために問題の本質を見誤り, 解決を遅らせる可能性すらあると考えます.この辺については,後日もう少しきちんと書き ます.

(http://d.hatena.ne.jp/lateral55/20051225/)

と書きました.今日は自分でだした宿題に答えようと思います.

差別と偏見については心理学でも膨大な研究があります.とても一回では書ききれません.で,だいたい3回くらいにわけて書こうと思います.今回は,先のエントリーでも問題にした経験の過大評価について書きたいと思います.論文はこれ.

Aboud, F., & Doyle, A. (1996). Parental and peer influences on children's racial attitude, International Journal of Intercultural Relations, 20, 371-383(*1)

子供と接する方はおわかりになると思うのですが子供は天使ではありません.ほっとけば弱いものいじめをしますし,びっくりするような人種差別をすることもあります.なぜ,子供は偏見を持ち,差別をするのでしょうか?良くある答えとして「両親や周りのひとの態度をまねるのだ」とか「テレビなどのメディアがわるい」とか「教育が悪い」というものがあります.例えば,親が偏見に満ちた意見を言った,差別的な行為をした,これを子どもたちが見て,まねをしたのだというわけです.何かを見るという経験によって行為が学習されるという考えです.

確かに経験はひとを変化させます.子どもたちの学習能力には目を見張るものがあります.それでも何でもかんでも経験のせいにしてしまうのはおかしい.これを「悪しき経験主義(*2)」と呼びます.しかし,本当に経験によって,例えば親の言動や行為の影響によって,差別や偏見が生じるかは実際調べてみなくてはわかりません.

それを人種差別の問題に注目して調べてみたのがAboudです.彼らは47人の白人の幼稚園児とその母親の人種差別傾向を測定しました(*3).幼稚園児には簡単な質問が面接形式でなされました.園児は同じ性別の黒人と白人の子供の写真を見せられました.そして,ある性格特徴が写真の黒人と白人のどちらに当てはまるか選びました.性格特性には6つの良い意味(例,はつらつとしている),6つの悪い意味(例,怒りっぽい),4つの中性項目がありました(*4).結果集計では,良い意味に白人を選択した場合と,悪い意味に黒人を選択した場合をそれぞれ1点とし,0-12点で得点化しました(中性項目は分析の対象としません).すなわち,良い意味をすべて白人,悪い意味をすべて黒人とすると12点,その逆だと0点,半分ずつだと6点になるわけです.6点が偏見がない状態であり,12点に近づくほど黒人に対する差別傾向が強いことになります

母親は質問紙に書かれた文に,「非常に賛成する」から「全く賛成しない」の6段階の評定をしました.文には黒人に対してサポーティブなもの(例.黒人文化の良いものを取り入れるとこの国はもっと良くなる)差別的なもの(例.一般的に黒人は教育を大切だと思っていない)が10文ずつ,計20文ありました.これらをサポーティブなものと差別的なものにわけてそれぞれを足し合わせました.

親の言動や行為の影響によって,子供に差別や偏見が生ずるなら,子供と親の人種差別傾向は類似するはずです.例えば,黒人を差別する親の子供は同じように差別するでしょうし,差別しない親の子供は差別しないと考えられます.

ところが,親子の人種差別傾向について相関係数を求めたところ有意な相関は見られませんでした.すなわち,親の人種差別傾向によって,園児の傾向が左右されるということはありませんでした.親子の人種差別傾向は似ていなかったということですね.

幼稚園児の経験に最も影響を与えるのは親です.過ごす時間が長いのも親でしょう.その親と幼稚園児で人種差別傾向が似ていなかったことは,差別や偏見が単に経験によって生み出されるものではないことを強く示唆しています.

もしかすると,親は差別的傾向が強いひとも弱いひともいたが,園児たちはみなおしなべて天使のように差別的傾向がなかったのかもしれません.こういう結果でも有意な相関は出てきません.残念ながら実際は違います.園児の人種差別傾向の平均は8.56で標準偏差は1.87でした.8.56は,偏見がまったくない状態である6点より有意に大きい値です.大きくなっているということは,黒人を悪い意味で評価する偏見が幼稚園児にあるということです.

幼稚園児の段階で人種的な偏見が存在することにびっくりする方もいるかもしれません.ただ,考えようによって,これはある意味で自然なことなのです(これが道徳的な見地から正しいと言っているわけではありません).さて,経験でないなら,なぜ,どのように差別や偏見は生ずるのでしょうか?その基礎となるメカニズムは次回.

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(*1)タイトルでググると論文(html形式)が引っかかってきます.
(*2)悪しき経験主義については名著,波多野諠余夫/稲垣佳世子「知的好奇心」中公新書が参考になります.
(*3)人種差別傾向はいくつかの尺度で測定されたり,母親以外に友達とも比較したのですが,基本的な傾向は変わらないので今回は略.
(*4)fillerです.分析の対象とはなりません.