オーストラリアでの心理学学部教育

私が今いる大学の心理学科では非常に幅広く心理学を学べます。授業を担当している教員だけで50人以上いますし,授業を手伝っている院生もあわせると100人以上が教育に関わっているでしょう。そういう意味では教員の層が非常に厚いです。

学部生の授業としては,まず,基礎系,臨床・応用系,それぞれの入門コースを通年で受講します。どちらも週に3回の講義で回数から考えると多いです(ただし講義時間は1回1時間)。日本ですと,ひとりの講師が基礎臨床すべてをひっくるめた入門の授業を担当することも多いです(わたしもやりました)。こちらでは基礎系,臨床・応用系と分かれているだけでなく,その中でさらに何人かの講師がそれぞれ専門分野を担当します。たとえば,臨床・応用系入門コースでも,臨床心理学と産業心理学は違う人が担当します。もちろんどちらもその分野の専門家です。これは一人でやる日本のシステムより,教える側,教わる側どちらにとってもよいシステムです。教える方は労力を省けますし,教わる側は専門家から適切な情報を受け取ることができます。実際,基礎系しかない大学院を終了した人間がやる臨床の講義なんつーのは,教える側も教わる側もやっぱりきついんですよ(経験者談)。

その後は,必修科目として研究法,発達,社会・人格,神経科学,認知,臨床神経心理を学びます。どれも半期科目ですが,すべて週2回の講義と,週1回の実験あるいは実習のクラスがあります。1科目について半期中に,講義外での学習を含め120時間の学習をすることが想定されています。こう書いてあるとキツそうですが,傍目には日本の大学の理系くらいかなという感じです。

で,さらに必修科目の発展系としての選択科目があるという感じになります。これも必修科目と同じ程度の学習量が要求されます。

実際のところ必修科目を全部とると,必要最低単位の大半を満たしてしまう感じになります。

とまあこんな感じを,大学1−3年でやることになります。1年生では500人くらいの学生が専攻の変更や退学などで毎年50人くらいずつ減り,3年までおわって卒業できるのは350人くらいのようです。

さらに3年を終えた学生で優秀な60名ほどがhonours studentとして4年目を送り,honours thesis,日本でいうところの卒論を書くことになります。honours studentにならなければ,大学院に進むことも,今後,心理学のキャリアを積むこともかなり難しくなります。honours studentになれるかは,それまでの3年間の成績で決まりますので,学生さんはかなり一生懸命勉強します。

かなり厳しい選抜を受けているためもあり,honours studentは皆さんそろってとても優秀です。オーストラリアの場合,日本同様入試の段階でかなりの選抜がなされます。それをさらに3年間びっちりしごいて成績で再びふるいにかけるわけですから,優秀な学生のなかのさらに優秀な人だけが残ることになるのです。

そういう学生さんのhonours thesis,いわゆる卒論のレベルは非常に高いです。ほとんどのものが中堅どころの国際的な論文誌に掲載されるほどに仕上がります。実際,1/3くらいは投稿され,掲載されます。長さはともかく,内容としては同じ学科の博論よりいいものがあったりします。最初みたときはびっくりしました。

ただ,これには少し裏があります。honours thesisは基本的にすべて指導教員が計画し,器具やら何やらを基本的にはすべて用意して,学生さんにデータをとらせて分析をさせます。データの解釈からなにからすべて細かく指導します。ですから,実質的には指導教員の研究なわけですね。それなら,このレベルの高さも頷けます。ただし,一流の研究者の要望にきちんと応えて研究を実施し論文を書くのは,かなり大変な作業であることはいうまでもありません。また,研究におけるという作業を学ぶにはもっともよい方法であると思います。

とまあこんな感じで学部が終了して行きます。

まとめとしてオーストラリアのほうがいいなと思うところを書いておくと,

  1. 入門を専門家が分担して担当するところ
  2. 基本的にすべての授業が講義と実験あるいは実習から成り立っていること
  3. 卒論は選択制でしかも成績優秀者しか履修できないこと

てなかんじです。

オーストラリアと比べると日本は卒論が重視されるところが特徴ですかね。日本の卒論重視は,講義の内容が薄っぺらなので,卒論でもやらせないと学習機会が得られないことから来ているとわたしは思っています。本来的には講義を充実させるべきじゃね?ってのが私の意見です。日本の大学の講義レベルは多国間で単位認定をするときに問題が生ずるくらい低いのが現実です。卒論重視よりも講義の改善の方が,大学教育という観点からは重要でしょう。