英語は必要か?

研究者として英語は絶対に必要です。特に心理学は学問体系の基礎をヨーロッパベースの文化においています。ですから,その文化における学術的公用語である英語なしに研究はできないでしょう。きちんとデータをとる分野でこの傾向は顕著になります。

ただ,英語を学ぶことによる損失も存在します。まず,時間および労力の損失です。非英語圏の研究者は英語を学ぶことに非常に大きな時間と労力を費やします。英語にあてる勉強時間をそのまま研究にあてられたら,生産性はもっとあがるかもしれません。また,英語を学ぶことにより文化の独自性が失われるかもしれません。昔から言われていることですが,日本では海外の研究を焼き直したようなものがとても多く行われています。この傾向は英語の重要性が高い分野や文化による差があまりない分野で特に強いかもしれません。心理学に限れば,知覚の実験心理学などが当てはまるでしょうか。日本の知覚心理学の研究レベルは国際的にも高いですが,研究の源流は海外にあります。また,レベルが高い研究者も海外で教育を受けたり,トレーニングを受けたりしています。臨床系の研究者のなかには英語と無縁の人もいます。こういった人の中には独自の世界を創り上げている人もいてこれはすごいなと思うことがあります。あくまでも印象論ですが,外国語を軸にしないことで,独創的なものができるのかもしれません。

研究面で,レベルの高い英語圏からの影響が強いのはしょうがないと言えばしょうがない。しかし,研究以外の面では,英語圏からの影響があまりにも強いのはどうかなと思っています。なにごとも価値観が多様な方がよいと私はおもっているので。

価値観の多様性を失わないためにはあまり英語を一生懸命やらない方がいいのかもしれません。日本が独自の文化を発展させてきた背景には地理的な断絶と言語的な断絶があります。これらが外国からの直接的影響をだいぶ小さくしてきました。いまでも日本国内で生活する限り,英語を含め,外国語を使う必要はほぼ全くありません。もちろん日本は鎖国をしているわけではありませんし,貿易をせずには存続できません。ですから外国語を理解して使う人もいなくてはなりません。でも,そんなひとは人口の5%くらいいればいいんじゃないですかね。ほとんどの人は日本語だけでもまったく困らないでしょう。実際ほとんどのひとは困ってないでしょう?

日本はとてもユニークな文化を持って,しかもそれをある程度維持して発展してきました。アジアやアフリカ,東欧の国々ではその点を非常に評価しています。これら以外の国でも,ユニークな文化を評価する人はたくさんいます。日本食にしろ,日本庭園にしろ賞賛する人はたくさんいます。この辺は金持ちが好むものになっています。別の角度ではマンガ,アニメ,電気製品などをとてもカッコイイものだと評価する人も多いわけです。これは主に若者中心でしょうか。

一生懸命,英語を勉強してこういうユニークでカッコイイものを失うのもばかげているよなあと,英語の国への出張中に考えておりました。