文化でこころはかわる

lateral552005-03-15


 先日,ロテ職人(さん)の臨床心理学的Blogというところで少しコメントを出したりしました.そのやりとりや,ロテ職人さんの(真摯な)態度にちょっと感ずるところがあり(明日書きます),[閑話 心理学]というカテゴリーで心理学のはなしをしてみようと考えました.

 トラックバック先でもあるロテ職人さんのところでのやりとりは,「ピアジェの発達段階説は現在でも有効なのか」についてでした.ピアジェの理論にはさまざまな批判がありますが,その中でも「文化・社会がこころに与える影響を軽視しがちである」ことは多くの研究者が問題視しています.

 今,わたしは生まれ育ったところと,だいぶ違う文化の中で生活していますが,やはり文化はこころにいろいろ影響を与えると思います.で,今日は,文化でこころが変わることを分かりやすく,おもしろいかたちで見せてくれた実験をひとつご紹介したいと思います.

 文献はこれです.

Cohen, D., Nisbett, R. E ., Bowdle, B., & Schwarz, N. (1996). Insult, agression, and the Southern culture of honor: An "experimental ethnography." Journal of Personality and Social Psychology, 70, 945-960 (*0)

Nisbettたちの実験

 アメリカ南部には,いわゆる「名誉の文化」,「男の文化」というのがあるようです.この南部の心性を分かりやすく表現した映画として「理由なき反抗」があります.この南部を舞台にしたこの映画の中で,ジェイムズ・ディーンが,「You are chicken! (臆病者!)」と言われただけで,ナイフを持っての喧嘩に挑んだり,チキンレースに挑むシーンがあります.理由なき反抗 特別版 [DVD]

 わたしの感覚からすると,「chiken」くらい言わせておけばいいだろうと思います.そんなんで怪我をしたり,命を落としたらしゃれになりませんよね?でも,アメリカ南部だと多分そうじゃないんでしょう.chickenと言わせたままにしておく方が,下手な怪我なんかよりずっと大問題なのです.知らんけど.

 で,それを分かりやすく見せてくれたのが,Nisbettを中心としたUniversity of Michiganのグループです.

 この実験では,「さまざまな状況に置ける人間の行動を調べる実験」と称し,被験者は呼び集められました.被験者には,

  • 南部出身の白人男性
  • 北部出身の白人男性

の2群がありました(それぞれの群に黒人,アジア人,ユダヤ人,ヒスパック系は含まず).

 実験当日,被験者はひとりずつ待合室で待機し,その後実験者に付き添われて実験室に移動します.待機中に唾液中の糖分を測定するためとして唾液が採取されます.
 
 移動に際し,それぞれの被験者群はさらに大きく分けて2つに分けられました.

1.侮辱群:移動の最中に見知らぬヒトから肩をぶつけられ「Asshole!(ハナクソやろう)」と罵られる
2.統制群:移動中に何もおこらない.

 すなわち,実験として,2(出身地:南部,北部)×2(処置:侮辱,統制)のデザインになります(*1)
 
 移動のあと被験者はもう一度唾液を採取されました(*2).

 実験者は移動前(実験操作の前)に採取した唾液と,移動のあとの唾液に含まれるホルモン量を測定し,比較しました.測定されたホルモンは2種類です,ひとつはコルチソルというストレスを感じると増加するもの,もうひとつはテストステロンで攻撃的な怒りによって増加するものです.

 南部に「名誉の文化」があり,それがこころに影響するなら,出身地によって侮辱がホルモンの分泌にもたらす効果が変わるはずです.すなわち,名誉を重んじる南部で育ったひとは侮辱に対し強い怒りやストレスを感ずる(と想定される)ので,コルチソルやテストステロンが多く分泌されると予測されます.

 で,実験の結果です.

 移動後のそれぞれのホルモンの増加量をグラフにまとめたものが上の図です.青い線が南部,赤い線が北部出身の被験者,横軸に処置条件(侮辱か,統制か)が書かれています.

 一見して明らかなように,北部出身者では侮辱の有無によってホルモンの増加に差がないのに対し,南部出身者はしっかり増加してます.つまり,生理的なレベルで

南部出身者は侮辱に敏感

なことが明らかになりました.バッチリ予測通りです.

 先にも挙げましたが,南部出身者と北部出身者で人種的な差はありません.侮辱群と統制群への割り当てはランダムになされているので,サンプルの違いで結果が生じている可能性は低いと思われます.

 それにもかからず,育った文化によって,ホルモンという生理的なレベルでこころが変化してしまう.これは驚くべき結果です.そして,文化がこころの形成に与える影響は重大であることを示唆しています.

 実験操作として,肩をぶつけて「ハナクソやろう」と罵る.心理学の研究っておもしろいなあと単純に思います.状況としてはほとんど「コント」ですし.この「コント」のような設定から,あっと驚く事実を示すことができたら,研究を行う側としてはtwo thumbs up!でしょう.もちろん,読んでる側もおもしろいです.こういうのいつかやりたいですね.倫理委員会が通らないかもしれませんが.

 あと,この実験から学べることは,

南部では言葉を選べ

でしょうか.


(*0)これは専門誌に書かれた論文ですが,ぐぐるとpdfなりhtmlのキャッシュなりがけっこう引っかかって来ると思います.
(*1)本当はもう少し複雑なのですが少し省略します.
(*2)このあと電気ショックを与えるなどいろいろあるのですがとりあえず略.

今日のお仕事

  • ひたすら分散分析型実験
  • すこし,Lのレビューを読む.
  • グラントに関する事務仕事