条件付けで自分をもっと好きになる

臨床系の教員を抱える心理学科の卒論や修論タイトルで,最もよくみる用語はなんでしょうか?別に統計を取ったわけではないですが,わたしは自尊感情だと思います.自尊感情とは自己に対する評価感情で,基本的には自分に対するポジティブな思いを指します.自分を好きな気持ちとでもいう感じでしょうか.

自尊感情抑うつなどの気分状態に大きく関係します.例えば,自尊感情が低い場合,抑うつ状態になりやすい.気分の問題だけでなく,自尊感情が低いと薬物中毒になりやすかったり,人間関係でトラブルを起こしたり,他人に対して攻撃的になったりすることが報告されています.というわけで現実生活での心理的なトラブルと非常に密接な概念なのです.

心理臨床の場だけでなく,教育場面やお年寄りなどへの啓蒙場面でも,自尊感情を高めることは大切だとよくいわれます.でも,ただ,高めましょうといっただけで,勝手に高まるものでもないでしょう.教育場面だったらほめて育てるのかも知れません.臨床場面だったら自尊感情を高めるために,ゴリゴリに話し合って隠れた関係を見つけだすのかも知れません.あるいは誤った信念を指摘して考え方を変えさせるのかも知れません.いずれにしてもなかなか大変なことです.

これを条件付けのような単純な方法で上げてしまいました.というのが今回ご紹介するの論文です.

Baccus, J.R., Baldwin, M.W., & Packer, D.J. (2005) Increasing implicit self-esteem through classical conditioning. Psychological Science, 15, 498-502

条件付けについては,パブロフの犬でみなさんご存じでしょう.パブロフは犬にメトロノームの音を聞かせたあと,エサを与えることを繰り返しました.すると,いつからか犬はメトロノームの音を聞くだけで,唾液を出すようになったのです.つまり,繰り返してAとB2つを与え続けると,Aが与えられただけで,Bがなくとも,Bに対する反応が生ずるようになるのです.

条件付けは(少なくとも古典的条件付けは),原始生物にまでさかのぼってその起源を見ることが出来ます.そのような単純な学習機能で自尊感情のような複雑なものが変化するでしょうか?

もちろん,Baccusたちはかつての行動主義のように何でもかんでも条件付けで変容できるといっているわけではありません.自尊感情には大きく分けて,顕在的感情と潜在的感情のふたつあるといわれています.顕在的自尊感情は,通常の質問紙などで測定されるもので,意識している自分への評価感情です.潜在的自尊感情は,必ずしも意識できない自動的な自分に対するもので,質問紙ではなく,後述する行動課題により測定されます.

一般に,顕在的な態度や感情は,説得や合理的な議論など言語的なコミュニケーションによりつくられます.一方,潜在的なものは,連合学習,すなわち単純な繰り返しによって形成されます.Baccusたちは,潜在的自尊感情も,潜在的な自己に対する態度・感情であることから,条件付けのような単純な繰り返しにより変容できると考えました.

実験では以下の課題で条件付けが行われました(*1).被験者は単語を呈示され,それを読んだらできるだけはやくボタンを押す課題を行います.単語には2種類あり,ひとつは被験者自身に関連するもの(自己関連語),もうひとつは自己関連語と同じカテゴリーにあるが関連しない語(非自己関連語)でした.自己関連語は,例えば,被験者の生まれ月の11月(November)で,それと同じカテゴリーにある非自己関連語は2月(February)になります.

被験者は条件付け群と統制群に分けられました.条件付け群では,自己関連語が呈示された後,必ず笑顔の写真が呈示されました.一方,統制群では呈示される写真は,笑顔であったり,真顔であったりランダムで,関連語と非関連語で差はありませんでした.

潜在的自尊感情を測定するため2つの課題が行われました.ひとつは名前文字課題,もうひとつはIAT (Implicit Association Test, 潜在連合テスト)です.名前文字課題では,アルファベットのすべての文字について好感度評定を行います.このとき潜在的自尊感情が高いと自分の名前に含まれる文字の評定が高くなることが知られています.この名前の文字と他の文字の差を尺度として用います.

一方,IATは画面に出てくる単語などを判断し,キーを押する課題です.自己関連語(me) vs. 非自己関連語(desk),そして,良い意味(happy) vs 悪い意味(agony)の2×2の4カテゴリーの単語が呈示されます.カテゴリーは4つあるのですが,反応はふたつのキーで行わなくてはなりません.例えば,自己関連,良い意味のどちらが出ても右のキーを押す,非自己関連,悪い意味のどちらでも左のキーを押すということが求められます.そして,自己関連語と良い意味が同じキーの時と同じキーでない時を比較します.自尊勘定が高いと,同じキーのとき,違うキーの時に比べ反応にかかる時間や正確さが短くなります.Baccasらはこのような測定課題を,条件付け後と条件付け前に行いました(*2).

実験の結果,条件群で,コントロール群に比べて,潜在的自尊感情測定課題の成績が良くなることが分かりました.すなわち,条件付けのような単純な手続きによって,自尊感情が高まることが示されたのです.

人間は知的な動物で,合理的な思考や複雑な言語によって自己を成立させているかのように見えます.それは一方で真実なのですが,それ以外にも自己を成立させる要因は存在します.それはわたしたちが思っているよりずっと大きな影響を持っているかも知れません.

こういうのを見ていると,アメフトの試合前なんかに,「オレは強い!オレは最強!」とか叫んでいるのも,それなりに効果があるのだろうなあと思います.でもまあ,あんな風にしてまで自分を高めなきゃあいけないっつーのは,それはそれで息苦しいかなと思います.「オレってダメだなー」って感覚はそれはそれで心地よく,捨て去りがたいものだとも思うわけです.あんまり自分が好きすぎるのもなんか気持ち悪いなとわたしは思います.

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(*1)個人的にはこれを条件付けと呼ぶか甚だ疑問.ただの対呈示ではないかな.
(*2)条件付け前にやったのは名前文字課題のみ.実験後には2つの課題を行った.

今日のお仕事

・Mの論文,Bの論文を読む
・ちらつき実験地味に進行中
・バイアス論文を少しなおして,送り返す.来週頭には投稿できるだろう.