トロいと早く死ぬ?:反応時間と寿命の関係

長寿の秘訣とはなんでしょう?

テレビをつければ,健康に関する情報が氾濫しております.ダイエット,健康の維持,そして,その結果としての長寿に対する興味はつきるところがありません.例えば,「おもいっきりテレビ」はこのへんの興味を満たすことにより,人気番組となっています.みのもんたが「おじょうさん」といっているだけではタモリに勝てるはずがありません.

誰もが興味を持つ長寿ですから,心理学でも研究の対象となります.今回紹介するものは,反応の速さが寿命を予測することを示した研究です.論文はこれ.

Deary, I. J. & Der, G. (2005). Reaction time explains IQ's association with death. Psychological Science, 16, 64-69.

IQ,すなわち,知能指数(*1)が高い方が長生きすることが知られています.なぜ,IQが高いと長生きなのでしょう?例えば,IQの高い人は良い教育を受けているのかもしれません.実際,教育の程度が高いほどIQも高くなります.あるいは,IQの高い人はよい家庭環境で育っているかもしれません.例えば,社会階級が高いと知能も高くなることが分かっています(*2).一方,著者のDearyたちは一風かわった考えを持っています.

彼らは,IQは脳の機能も含めた身体的なまとまり(bodily intgrity)と関連すると考えます.身体的に良くまとまっていれば,身体の一部である脳の活動もより優れたものになります.すなわち脳の情報処理が優れたものになります.例えば,何か単純な作業を素速くことなす事が出来るわけです.この単純な作業の積み重ねとして,複雑な知的な処理の効率が増し,ひいてはIQが高くなると考えられます.身体的なまとまりの良さは当然脳だけでなく,体のあらゆる部分に良い影響を与えるます.そのために,長生きをするというわけです.

Dearyは,身体的なまとまりがもとらす,情報処理の効率化を反応時間で測定できると考えました.反応時間とは,被験者が刺激に対して反応するまでの時間を表す言葉です.例えば,「コンピュータに赤い丸が出たらボタンを押す」という課題の場合,赤い丸が刺激でボタンを押すことが反応です.反応時間とは丸が出てからボタンを押すまでにかかる時間を指します.身近な例で言うと,早押しクイズで回答にかかる時間のようなものです.

情報処理の効率はいろいろな側面から評価が可能です.例えば,処理のステップが少ない,処理に使われるリソースが少ないなどです.しかし,人間の情報処理を,例えば機会が行う処理のように,実際に見てみることは出来ません.そこで,Dearyは,効率を処理にかかる時間から定義することにしました.すなわち,同じ課題を処理するなら,処理にかかる時間が短いほど効率がよいとします.反応時間は,刺激に対して反応するという処理にかかる時間なので,この長さによって単純な情報処理の効率が測定できるとDearyは考えました.実際,情報を効率的に処理できるからこそ,速く反応することが可能になるわけで理にかなっています.

Dearyは,身体的なまとまりの良さがもたらす,情報処理効率化により,個人のIQの違いをある程度説明できると考えています.実際,彼らの過去の研究では,反応時間が短い人や,反応時間のばらつきが小さい人ほど,IQが高くなることが示されてきました.かれらは,これが寿命にまで関連すると考えたのです.

Deary はかなり手間暇のかかるデータを使って自身のアイデアを確かめました.仕込みに手間のかかる研究というヤツですね.

この研究は健康に関する社会調査のひとつとして行われました.被験者はスコットランド在住の1042人,年齢は1988年の調査当時およそ56歳です.サンプリングも偏りが出ないようにしっかりやってあります.

被験者は1988年の調査時に知能検査を受けました.それをもとにIQが算出されました.また,上で説明した反応時間の測定も行なわれました.早押しクイズみたいなものをやったわけですね.さらに,学校教育の期間,職業,性別,喫煙の有無などについても質問がなされました.

被験者のデータはイギリスの健康保険庁のようなところのデータベースに登録されました.その後,被験者が亡くなると,死亡情報もそこへ送られて手はずになっていました.Dearyは2002年,すなわち生存していたら72歳の時点における,被験者の死亡率をこのデータベースをつかって調べました(*3).

Dearyは,2002年での死亡率に,IQ,反応時間,教育を受けた期間,職業などがどのように影響するか調べました(*4).この分析では,ある指標の生存への影響を倍率で表すことが出来ます.例えば,タバコを吸う人は,吸わない人より,5倍も死亡率が高いというような感じです.まあ,実際のところ,タバコを吸う人の死亡率は,2.2倍でした.

個々の項目における死亡率へ影響を羅列すると,男の方が1.4倍,仕事が単純な方が1.2倍,知能が低い方が1.4倍,反応時間が長い方が1.4倍死亡率が高いという結果となりました.

こういう分析のおもしろいところは,ある変数の影響を除いて,死亡率がどう変化するか見られることです.IQや反応時間の効果は,他の要因を除いても,死亡率に影響を与えていました.これは,IQや反応時間が,教育や職業などに付随する効果によって,死亡率に影響しているわけではないことを示します.

もっとも興味深いことは,反応時間の効果は,IQの影響を除いても存在したのに対し,IQの効果は反応時間の影響を除くとなくなってしまったことです.これは,IQが死亡率にもたらした影響は,実は,反応時間によるものであったことを示しています.

これら結果は知能のように複雑に見えるものが,実は,反応の速さのような単純な能力から説明できてしまうこと,そして,その単純な能力がなんと寿命までを予測してしまうことを示しています.つまり,素速い人は頭が良く,しかも長生きする,一方,トロい人は頭が悪い上に早く死ぬ,ということになります.

まあ,こう単純化してしまうと少し残酷になりますが,寿命という古今東西,万人を悩ましてきた問題にここまで単純な答えを出してしまうというのはなかなかおもしろいと思います.まあ,因果関係までは分かりませんし,速く反応できるように努力したら,長生きできるということが分かったわけでもないので,まだまだ,調べることはたくさんあるでしょう.

さて,ここまで長々書いてきてこんなことを最後に述べるのは恐縮なんですが,この結果って身体的なまとまりの良さとか情報処理っていう概念がホントに必要なんですかね.反応時間っていうのは,結局,運動機能(反射神経,視覚運動協応)を調べているわけです.一般に,運動機能の優秀さを持って健康,あるいは元気というふうに呼ばれます.そう考えるとこの研究は結局

56歳の頃に元気なヤツは,72歳でも生きてるよ

ってことを言ってるだけかなと思うんですけどね.あと,年取ってたら元気じゃないと,頭もボケちゃうよと.だとしたら,けっこうトホホですよね(*5).


(*1) IQはいわゆる頭の良さの指標として知られています.ただ,「知能」「知性」「頭の良さ」という概念自体,定義がなかなか難しいものです.また,IQという指標自体の妥当性には昔からかなり多くの批判があります.このような批判の有名なところでは,S. J. グールド「人間の測り間違い」河出書房新社 があります.ただ,これは読み物としてはおもしろいのですが,概念や分析方法の理解に誤りが多くありのであまりよくありません.個人的に一番良いと思うのは Howe, M. J. A. (1997). IQ in Question: The Truth about Intelligence. Sage; London. なのですが,これは極めて入手困難です.良いものがあったら後日書き足します.

(*2) この研究はスコットランドで行われたものです.スコットランドを含むUKにははっきりとした階級差があり,話す言葉,職業,収入などに歴然とした差があります.
(*3) 個人データの詳細には直接触れることが出来ないようになっているようです.

(*4) コックス回帰モデルを用いた生存分析が行われました.

(*5) 著者自身もこのへんには触れているがあまり説得力のある議論ではない.