キスの行動学:あなたは右,それとも左?

むかしのマンガで,はじめてのキスの時に,鼻と鼻がぶつかるシーンってよくありませんでしたか?

主人公の高校生カップルが,目をつむってドキドキしながら顔を寄せていくと,コツンと鼻と鼻があたる.テヘっとお互いが照れて笑ったあとまた軽くチュッとして,ギュッと女の子が抱きついてくる.

なんてやつありましたよね.書いててはずかしいなあ.

口より鼻の方が高く,前へつき出ていますから,お互いが直立のままですと鼻と鼻があたってしまいます.それを避けるためには,まあみなさんご存じですが,頭を少し傾けることが有効です.

で,キスのとき,どれくらいの人が右に,どれくらいの人が左に頭を傾けるか調べた人がいます.今日はその論文をご紹介しましょう.

Gunturkun, O (2003). Adult persistence of head-turning asymmetry, Nature, 421, 711

Gunturkunは,空港や駅,公園やビーチなど公の場所でキスをしている人たちを観察しました.なお,口と口のでキスをしている,お互いが正面を向いている,手にものを持っていないカップルが対象となりました.アメリカ,ドイツ,トルコの三国にわたる調査で124組のカップルを調べました.年齢は12-70歳でした.

結果をまとめたところ,124組のうち80組(65%)が頭を右に傾けることが分かりました.一方,左に傾けたのは44組で,右のおよそ1/2でした.読んでいる方はどちらのグループでしょうか?右,それとも左?

われわれ人間は一見は左右対称に見えますが,キスの姿勢だけでなく,行動や形態にさまざまな左右差があることが知られています.例えば,非常によく似ているように見える右手と左手も,じつはそれぞれが鏡映の関係にあり,形態としては異なるものです.右足と左足もやはり左右対称ではありません.これは靴を間違って履いてしまったときに良く実感できるでしょう.

形態的な左右差ももちろんですが,人間には機能的な左右差も存在します.利き手が典型的な例です.人間の利き手は他の種に比べて,大変興味深い特徴があります.それは種のなかで極めて高い一貫性を持っていることです.例えば,箸を使う手,文字を書く手は90%以上の人で右手です.また,ほかにも言語の左半球局在も極めて一貫した左右差であることが知られています.種に一貫した左右差は人間以外では本当にわずかな種でしか確認されていません.

利き手や複雑な言語機能は人間に特有というだけでなく,ヒトという種の特徴(高い技術力,高いコミュニケーション能力)にきわめて密接に結びついています.ですから,このような機能の左右差を検討することで,人間について重要でかつ新しい理解を得られるかもしれません.すなわち,左右差を調べることで,「人間とは何か」という根元的な疑問に迫れる可能性すらあるのです.実際,人間をlopsided ape(傾いた猿)と定義する研究者もいます.

多くの人がキスの時に右に頭を傾けるように,胎児や生まれたばかりの赤ちゃんも,多くが右に首を傾けます.これは行動レベルで観察されるもっとも最初の左右差のひとつです.Gunturkunは,このごく初期の行動の左右差が大人になるまで維持される,すなわちキスの時の左右差となって観察されると考えています.さらに,このごく初期に観察される左右差は,利き手や言語の左半球局在など後に現れてくる左右差の元になると推測を立てています.

キスの時,頭をどちらに傾けるか調査したと読んで,多くの方は自分がどっちだろうと,首を傾けて見たのではないでしょうか?一緒にオフィスを使っているJにこの話をしたら,少し口を尖らせて首を右に傾けていました.このような誰もが経験するような日常的な動作から,人間とは何かを問うような根元的な質問にせまることも出来る.これが心理学のひとつの醍醐味だと思います