ちょっとやりすぎ?:パニック障害の実証的検討

例えば,朝9時から大事な試験なのに,起きたら8:50でパニック!なんてことは誰もが経験あるのではないでしょうか.びっくりしてパニックになる,例えば,大声を出す,呼吸が一瞬止まる,息苦しくなる,動悸が高まる,息が速くなるなんてことはきわめて普通のことです.

このようなパニック状態が,特にはっきりとした原因がなく,しかも頻繁に生じてしまう場合があります.さすがにこれは普通ではありません.このような症状をパニック障害と呼びます.例えば,突然はっきりとした理由もないのに(自分ではわからないのに),町中で呼吸が一瞬止まり,気が動転してしまってパニックになってしまう例が報告されています.このような症状が頻発すると,ひとりで外出できないですし,車も運転できません.深刻です.

King's College LondonのDave Clarkはパニック障害が起こる原因について考えました.彼は,身体に出てくる何らかの兆候を誤って悪い方へ解釈することがパニック障害のひとつの原因であると説明しました.例えば,何かの拍子に動悸が速くなったとき(身体的兆候),それを誤って悪いもの,すなわち,危険の兆候と解釈することがパニック発作原因になると考えたのです.

なにか危険な状況では動転したり,動悸が高まったり,息苦しくなったりするものです.ですから,動悸や息苦しさを感じて,誤って危険だと解釈しパニックになってしまうのかもしれません.このClarkの「誤った解釈仮説」は正しいのでしょうか?今回はこのClarkの誤った解釈仮説を,(わたしが思うに)かなり過激な方法で検討した研究を今回はご紹介します.

Kroeze, S, Van der Does, A. J. W., Spinhoven, P., Schot, R., Sterk, P. J., Van den Aardweg, J. G. (2005). Automatic negative evaluation of suffocation sensation in individuals with suffocation fear, Journal of Abnormal Psychology, 114, 466-470.

Kroezeたちは,400名の被験者の中から質問紙により,特に窒息感,すなわち息苦しさを伴うパニック障害を持つ被験者を40人選びました(*1).また,パニック障害がない30名が統制群として参加しました.被験者は酸素マスク着け実験に臨みました.そしてコンピュータ画面に出てくる単語が,良い意味か(例,holiday 休日)か,悪い意味か(例,funeral 葬式)判断しました.

なお,それぞれの単語が提示される直前に,過激な実験操作が行われました.なんと,単語が提示される前に酸素マスクからの酸素供給が減らされる条件と減らされない条件があったのです.窒息感を伴うパニック障害を持つ人を選び,この操作をしたのだから驚きです.勇気があるというのか,そんなのは本当の勇気ではないというのか....

実験の結果,パニック障害を持つ人では,直前に酸素が減らされた条件で,悪い意味の単語の判断が速く,良い意味の単語が遅く判断されました.一方,統制群では,逆に,良い意味の単語が速く,悪い意味の単語が遅く判断されました.なお,酸素が減らされない条件では,障害の有無にかかわらず単語の意味によって判断の時間は変化しませんでした(*2).

これまでの研究から,連続するふたつの出来事に対する感情評価が一致しているときは速く反応ができ,そうでないときは遅くなることが知られています.ですから今回の結果は,パニック障害を持つ人が直前に酸素が減らされたことを何か悪いものとして捉えていたことが示唆されます.だからこそ悪い意味の単語判断が速くなったのでしょう.そうでなければ,減らされない条件で差がなかった良い意味と悪い意味の単語で,差が生じたことを説明できません.すなわち,この結果はClarkの誤った解釈仮説を強く支持するものとなりました.

さてこの実験,幸いなことに実験中パニック発作が出てしまった被験者いなかったようです.ただし,選ばれた40人のパニック障害をもつ被験者のうち,19人は怖いので実験に参加しなかったそうです.対象者の半分から恐怖を理由に断られる実験ってどうよ?.

ともあれ,実験参加者にトラブルがなくて何よりでございました.

        • -

(*1)Rachman & Taylor (1993) の窒息恐怖尺度(Suffocation Fear Scale)が使用されました.
(*2)酸素が減ったことに気づいたか否かなど,もうちょっと細かいことがあるのですが省略します.

(*3)反射という用語は条件反射(古典的条件反応)など特定な事態を指す場合もありますが,ここでは条件反射を想定しているわけではありません.自動的処理を日常的な表現で言い換えたものです.